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大分家庭裁判所中津支部 昭和39年(少イ)5号 判決 1965年4月14日

被告人 皆川恵美子

皆川光治

主文

被告人皆川光治を罰金五、〇〇〇円に処する。

被告人皆川光治において、この罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人皆川光治の負担とする。

被告人皆川恵美子に対する本件公訴事実並びに被告人皆川光治に対する児童福祉法違反の公訴事実につき、被告人らは無罪

理由

(罪となるべき事実)

被告人皆川光治は昭和三七年七月ごろから日田市三隈町一丁目一七番地の九所在店舗において、当時内縁関係にあつた皆川恵美子名義でカフェー「黒猫」を経営していた事業主であるが、満一八歳に満たない○林○○子(昭和二三年二月二五日生)を昭和三八年九月中旬ごろから一週間位前記カフェー黒猫の住込女給として客の酒席に待らせかつその他特殊の遊興的接客業における業務につかせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

判示行為、労働基準法第六三条第二項、第一一九条(罰金刑選択)女子年少者労働基準規則第八条第四四号、第四五号

換刑処分 刑法第一八条

訴訟費用 刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(無罪説示)

被告人皆川恵美子に対する本件公訴事実および被告人皆川光治に対する児童福祉法違反の公訴事実の要旨は「被告人皆川恵美子はカフェー黒猫の営業名義人、被告人皆川光治は恵美子の夫でその代理人として同店の事実上の経営に当るものであつて、同店は、客に酒類を提供して遊興させることを業としているものであるが、共謀の上、法定の除外事由がないのに児童の心身に有害な影響を与える行為であるところの同店の女給として稼働させ、客席で酒席に待らせ、かつ特殊な遊興的接客行為をなさしめる目的をもつて、満一八歳に満たない児童である(一)○賀○子(昭和二一年五月一〇日生)を住込で昭和三七年七月五日ごろから昭和三九年三月一日ごろまでの間、(二)秦○○子(昭和二一年六月二五日生)を住込で昭和三七年七月五日ごろから同年九月五日ごろまでの間、(三)○本○○子(昭和二一年一一月一日生)を通勤で昭和三八年八月五日ごろから同年九月四日ごろまでの間それぞれ自己の支配下において遊興的接客行為をなさしめた」というもので右行為は児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項第三項に該当すると検察官は主張する。

ところで児童福祉法第三四条第一項第九号は法定の除外事由がある場合を除き「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下に置く行為」をもつて児童の福祉を阻害するものとしてこれを禁止した規定である。それは児童を不当な従属関係のもとに置いて、悪用し、児童を自己の意思のままに利用し、搾取する者を取締ることによつて、児童に対する外部からの有害な働きかけを除去し、児童の心身の健全な保護育成を計ることに主眼があるものと解される。しかして第九号に該当する行為というのにはまず行為者において「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的」という主観的構成要件を具備することが必要である。ところで本件各証拠によれば被告人皆川恵美子はカフェー黒猫の営業名義人であり、かつ同店の女給として稼働しているもの、被告人皆川光治はその夫で、同店の会計、集金、女給の雇入監督など、一切を自己の計算において担当している同店の経営者であつて、同店の営業は客に酒類を提供して遊興させることを目的とし、通常午後七時ごろから翌日午前一時ごろまで営業していて、同店に働く女給は酒席について客に酒の酌をしたり、客の機嫌をとるために接待し、時にはダンスの相手となつて踊るなどの接客行為をしていること、被告人皆川光治は一八歳未満である○賀○子、秦○○子、○松○○子の児童三名を同店の女給として雇傭したことがいずれも認められる。

そこで児童をしてカフェーの女給として雇傭することが有害行為目的に該当するか否かをまず検討する。およそ有害行為というためには社会通念上一般に児童に有害な影響を与えることが明らかな行為を指称するもので、同法第三四条第一号から第六号までに例示した児童にこじきをさせるとか、淫行をさせる行為などがその典型的なものである。そもそも肉体的、精神的に未成熟な児童は外界の作用に影響され易く、些細な刺激に対しても著るしい反応をもたらす場合もあり、その資質性格によつて同一条件の作用に対し反応の強弱、方向もさまざまであるから、客観的にみてさほど悪影響を及ぼさないような行為であつても、結果的に児童に有害な影響をもたらすことも考えられ、かような事例についても有害行為であるとすることは児童を保護、使用する者の権利を不当に侵害するおそれがあるから、一般常識よりみて有害行為目的が明確な場合に限るというべきである。それはともかく本件においてカフェーの酒席で接客行為をなす女給は、かかる場所がとかく猥らなたいはい的な雰囲気に流れ易く、ために思慮未熟の児童をして堕落し易い環境に身をおくこととなり、加えて身体の発育過程にある児童をして深夜までしかも不規則に堕し易い生活条件のもとで働かすことは一般常識から考えても明らかに児童の心身に有害な影響を与えるものと解するのが相当である。そしてこのことは労働基準法第六三条第二項に「使用者は満一八歳に満たない者を……福祉に有害な場所における業務につかせてはならない」と規定し、その業務範囲を定めた女子年少者労働基準規則第八条が酒席に待する業務(第四四号)特殊の遊興的接客業における業務(第四五号)をもつて福祉に有害な場所における業務と定めていることからも論証することができる。そうとすれば前記児童を女給とする目的で雇傭したことは児童の心身に有害な影響を与える目的を有していたものといわざるを得ない。

そこで進んで被告人らが前記児童を「自己の支配下に置いた」か否かを判断するに、「自己の支配におく」とは「児童の意思を左右できる状態、即ち児童の意思を心理的にかつ外形的に抑制して支配者の意思に従がわせることができる立場に立たせた状態で、換言すれば児童をして容易にその自由意思に基づき支配者の管理下から抜け出すことができない状態をいうものと解される。」(高裁判例集第九巻一二号一三二三頁)本件において、まず被告人皆川恵美子に右要件の存否をみるに、前述したとおり被告人恵美子は単にカフェー黒猫の営業許可をうけた者にすぎなく開店当初より同店女給として働いていたが、当時成人に達したばかりで、同店の経営には全く関与せず店の実権はすべて被告人光治に握られていて、女給の児童に対しても何ら管理監督する立場ではなかつたことが本件各証拠より認められる。そうとすれば営業名義人であることのみで、児童との間に支配関係を認めることは不当に事実を擬制する結果となつて許さるべきではないので被告人恵美子について右要件の存在は否定すべきである。なお起訴状冒頭の記載からすれば被告人恵美子は同店の経営者で、被告人光治はその代理人であるとし、児童福祉法第六〇条第四項の責任を被告人恵美子に求めているようにも解されるが、営業名義人であるだけで同店の経営者とは言い難く、むしろ前述の事実からすれば被告人光治がその経営者とみるのが相当である。仮りに被告人恵美子を同店の経営者とし、被告人光治をその代理人としても、被告人光治が同法第六〇条第二項の適用を否定すべきこと後述のとおりであるから、被告人恵美子についてもその責任を問うことはできない。次に被告人皆川光治についてみるに本件各証拠によれば被告人光治は前記児童三名を起訴状掲記の期間それぞれ固定給一万円位で雇傭する契約をし、児童のうち○賀○子、秦○○子はその期間同店で住込で稼働していたことが認められる。しかし更に詳細に証拠を検討すると児童が同店において女給として住込で働くか通勤で稼働するかは児童の意思にまかされていて、起訴にかかる○本○○子も通勤で同店に勤務していること、被告人光治も昭和三七年一一月までは同店二階に居住していたが、その間炊事寝食はそれぞれ児童と別個になされ、更に同月以降は被告人光治もアパートに転居したため、以後勤務していた○賀○子は他の女給とのみ同店二階に居住していたことが認められるので、通勤の○本○○子は論外として、住込の○賀、秦○の児童についても単に同居したことのみで支配下においたとは言い難いし、その外に前記三名の児童の雇傭に際し、前借金を貸与して、勤務期間内に返済を求めるとか、不当に安い賃金で児童を使用したというような児童の意思を抑制したことを推認させる事実も認められない。そうとすれば被告人光治も前記児童を女給として雇傭したのみであつて、この一事をもつて、仮りに我国の雇傭関係に前近代的な身分上の支配の要素が幾分残存しているとしても、児童をして自己の支配下に置いたものと言うことはできない。以上述べた如く前記児童らが被告人ら夫婦の支配行為の下で、女給として働くことを余儀なくされたものとは認められないから、結局被告人らの行為をもつて、児童福祉法第三四条第一項第九号に該当するものではなく、従つて同法第六〇条第二項第三項の適用は否定さるべきであるから、被告人恵美子の本件公訴事実および被告人光治の児童福祉法違反の公訴事実についてはいずれもその証明がないことに帰する。

(なお被告人らが前記児童を女給の業務につかせたことについては、児童福祉法と一所為数法の関係にある労働基準法違反の成立も一応考慮され得るが、全証拠によるも被告人恵美子はもとより被告人光治においても前記児童が一八歳未満であることの認識があつたとは認められないので同法違反も構成しないこととなる。)故に右児童福祉法違反の事実については刑事訴訟法第三三六条によりいずれも無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木雄八郎)

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